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パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



YouTubeでみる《イタリアマンマのお料理レッスン》 :: 2020/08/01(Sat)

COVID-19の影響で、家にいる時間が急に増えたころ、周囲の友人から半分冗談で進めらていたYouTubeを使ったレシピ提案。

時間もあることだし、ちょっとやってみるか…と思い立って、料理レシピなどを出しているチャンネルを眺めることから始まった。

自分のキッチンで日頃私がつくるイタリア料理(我が家はほとんどイタリア料理)を紹介する、というのを前提でいたのが、他のチェンネルをみていると、同じようなのがたくさんあるではないか…


ちょっとびっくりしつつも、ここにはない、自分らしいレシピ提案とは何かなと考え、とにかく”なんちゃってイタリア料理”だけはしてはいけない、と決め…

いつも仲良くしていただいている知り合いのマンマ、ロッサーナさんとの共同製作にした。


ロッサーナもふたつ返事でOK!


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設定としては、まるでロッサーナの自宅へ料理を習いに行っているような臨場感を出すこと。料理は彼女のつくる普段の料理。ヴェネト料理だけにはこだわらないけれど、各所にとりこんでいく。そして、料理と合うワインや飲み物も提案する。


まだまだまだまだ…つっこみどころ満載で、改善点がたーくさんありつつも、現在10メニューに到達。


イタリアマンマのお料理レッスン

(↑ページ全体のメニューがみられます)


(↓最後に投稿したメニュー《ヴィテッロ・トンナート》)




今後もどんどんとメニューを更新の予定。

よろしければ、ぜひ《いいね!》とチャンネル登録をよろしくお願いします!





  1. YouTubeレシピ「イタリアマンマのお料理レッスン」
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ジーラソーレ…太陽とヒマワリ :: 2020/07/14(Tue)

フリウリのカンティーナで作業をするために車を走らせていると、ここらへんは、ヒマワリ畑が結構とあることに気がつく。この時期は開花の時期だから、あっちもこっちも黄色い絨毯がパッと広がったようになる。

このヒマワリ達は、もちろん観賞用ではなくて搾油用の花だ。だからものすごい勢いで整列したひまわりが一気に咲くから、圧巻で壮観。


ヒマワリって、夏らしい花だとつくづく思う。この色、この立ち居振る舞い…。


と思って眺めていたら、隣で車を運転していた友人が放った一言…「non girano più al sole…」

イタリア語で「ヒマワリ」は、「ジーラソーレ(girasole)」という。「ジーラ=回る」「ソーレ=太陽」という意味からきている言葉なので、漢字で書く「向日葵」とまさしく同様の意味だ。

だから、彼の言う「non girtano più al sole」は、「太陽に向かっていない」という意味。


確かに!


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畑にはわんさかと植わったヒマワリが、夕日を背に皆がこちらを向いている。これだけのヒマワリが一気に同じ方向を…それも太陽に背を向けている姿を改めて見たら、ちょっと不思議な気分になった。


どうやら、ヒマワリというのは花をつけるまでは太陽の動きに従って動くのだそうだ。つまり東から西へ…と。

成長するに従って、茎が硬くなり固定されることにより、首を触れなくなる。つまりは太陽の動きに付いていきたくともそれが叶わなくなる、ということだ。


ヒマワリの細胞の成長ホルモンは、光が当たらないと濃度があがるため、影となる部分の伸長が早められる。ヒマワリの頭部は光を追いかけることにより片側が影になることから、常に太陽と反対側となる部分が伸びて、結果的に太陽に向かって屈曲するようになる。

つぼみが育ち開花の頃ともなると、茎の成長も止まってしまうので、太陽を追うことができなくなるというわけだ。


そして面白いのが、その止まる方向は常に東側。だから天気のよい今の時期の夕方にヒマワリ畑にいくと、ヒマワリは一斉に太陽に背を向けている、という光景に出くわすのだ。


東側で止まるというのは、根拠があるのかはどうかとしてある研究結果としてもっともらしい話がある。


まずは、太陽は東側から登る。植物は朝の力のある太陽の光を浴びることにより自然の力を得るためともいえ、太陽を追うことのできる開花前のヒマワリも、明け方前には東側に向きなおし、朝日を待っているのだとか(確かめたことはないが、明け方のヒマワリ畑へ行ってみたい!)。


成長を終えた開花後のヒマワリは、東側にはより強いエネルギーがあるとされるので、東側にその花の向きが固定される。そして彼らの次世代を継がせるためには欠かせない、自然界の虫の活動を助けるためにも、東側は有利に機能するのだとか。受粉率も、東側は西側の5倍もの強さがあるそうだ。


その記事はこちら↓

I girasoli seguono davvero il sole?


ヒマワリ畑の先に向かった先は…息をのむほどに美しい夕焼けの、コッリ・オリエンターリ・デル・フリウーリdoc地区の中心地。


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いい丘陵地帯だ。





  1. Friuli/フリウリ
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美しい丘陵地の街、アーゾロ(Asolo) :: 2020/06/25(Thu)

トレヴィーゾ県に位置する丘陵地の中腹に小さな美しい街、アーゾロがある。「イタリアの最も美しい街選(Borghi più bella dell’Italia)」にも属する、静かで美しい街。

私の住むパドヴァからも、ちょうどよい距離感で、ちょっとドライブに…というときに訪れる場所のひとつでもある。


小さな街ながら、非常に趣のある独特の雰囲気を持つ場所。坂道の街全体を自然が包み込むように静置しているような…そしてそこには長い歴史を感じさせる場所でもある。


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ヴェネツィア共和国時代には、この小さな場所は特別な高貴な場所でもあった。というのも、15世紀のヴェネツィア貴族の娘、キプロス王国の王妃となったカテリーナ・コロナーロが最期の人生を送った場所として知られているからだ。


1454年にヴェネツィアの超有力貴族の家に生まれ、14歳までパドヴァの修道院にて学問を受けた。その後は「ヴェネツィア共和国の養女」というかつて誰一人として得たことのない称号を与えられ、キプロス王ジャコモ2世に嫁ぐこととなる。想像するところに、本人の意思のないところでもあったのだろうが…。


国家間の戦略結婚であったことは言うまでもないが、夫の顔を見ることなく4年間を過ごした後の1472年の盛大な華々しい結婚式だったそうだ。が、その翌年、キプロス王は死去。彼女はその時に王の子供を身籠っていたという。


王の死後、内外乱の続くこの国を、ヴェネツィア共和国は武力をもって制圧しつつ、キプロスを植民地化していく。つまりは、ある意味、ヴェネツィアの計画通りに事態は流れる。

カテリーナ王妃の人質的な役目はそれにて終了、王妃の体位を告げられてキプロスを後にする。その際に代償と与えられたのが、小高い小さな街、アーゾロだった。


この地では、外部との政治的な接触を一切禁止されていたという。いわゆる軟禁生活を申し渡されていたものの、彼女はここでの文化的生活を楽しみ、貴族・宮廷文化を大いに発展させた。

ジョルジョーネ、ロレンツォ・ロット、ピエトロ・ベンボなど著名な芸術家、文人を好んで積極的に招いたりしたという。


そんな気品が現在でも十分に感じられる。自然の美しさと相まり、それが故に多くの人を魅了して訪れさせる一因でもある。


そして、自転車乗りには、格好なカーブつき坂道と美しい風景とがセットになった場所。週末ともなると、本当に多くの自転車乗りが走り抜ける。


ここは、そのカテリーナの住居となっていたカステッロ。現在、内部は小さなテアトロ、カフェになっている。


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カステッロの物見台から平野方向を眺める…


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高台から街の一部を望む…


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カステッロを有し、アーゾロの美しい街並みをつくりだす中心地及び住宅街は、いわゆるアーゾロの旧市街地であるが、少し外れると、その丘陵地には、ぶどう畑が広がる。


ここは、アーゾロのプロセッコDOCGの産地でもある。


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  1. Veneto/ヴェネト州
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6月初旬のぶどう畑 :: 2020/06/18(Thu)

今年は、ぶどうの生育が良さそうだ。まだまだこれからどうなるのか、もちろん何も保証はないのだが、元気よくツルを上へ上へとのばしている。

この季節のぶどう畑は、ほんとにいい。生きよう、という”気”がみなぎっている。嫌なことも一層できるくらいな力。


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ぶどうの樹は、品種によって、もちろん顔が変わる。それもかなり大きな差が。わかりやすいのは、葉の形。そして果実のつき方。


この時期は、花が終わり、実がその姿を露わにするとき。


これは、スキオッペッティーノ。


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縦長の大きな房。実のつき方もお互いが離れてバラバラな感じで、この扱いのしずらい聞かん坊なスキオッペッティーノの性格がこれだけでも表されているみたいだ。


そして、トカーイ・フリウラーノ。


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「トカーイ」とはもう呼んではいけなくて、一般的には「フリウラーノ」だが、この地でそんな呼び方をする人を見たことがない。

房の形は、これがお手本!みたいな上方両脇に耳のついたような形。イタリア語では、これは”翼”と表現する。


レフォスコ・ダル・ペドゥンコロ・ロッソ。


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ペドゥンコロとは、茎の部分を指す。ここが赤いから、この名前がついている。もうこの時点で他と品格の差を見せつけているような、そんな気品がある。


そして、ピノ・グリジョ。


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この品種は非常にコンパクトに実をつける。早熟な品種でもあるので、見るからに他に比べて実のつきがよい。当然のごとく収穫も大抵は、このピノ・グリジョからスタートする。


ぶどう自体と同じくらいいつも目を奪われるのが、これ。ヴィティッチと呼ばれる部分。


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上方に伸びる性質のぶどうは、何かに頼っていかなければ立ち上がれないので、介在を探す。そこに細い新茎をぐるぐると巻きつけて立ち上っていく。

これがものすごい力の持ち主。これがあるから、こんなにワッサワッサと成長する樹を支えていける。


ぶどうの収穫が終わり、葉を落としてもなお、このヴィティッチはしつこくも巻き付いたまま。冬の剪定時にも、1シーズンを終えて枯れているかと思いきや、最後の残された力でこれをはずすのに、結構な力を入れる必要があるくらい。


静かに、必死に、そしてひたむき。


そして、その先のオリーブ畑。


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オリーブの樹はまたこれが神秘的。樹と樹の間に身を置くのが好き。


多くの花をつけはしたが、実は今のところ思ったよりも少なめ。これから夏に向けてグググン…と実を膨らませてくれるのかな。楽しみ。


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ここからいろいろなことを教えてもらっている。



「イタリア好き通信」

に同様の内容を投稿しています。↓こちらより

http://italiazuki.com/2020/06/21/フリウリのぶどう、土着品種-〜初夏の畑より〜/






  1. quatidiano/日常徒然
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アスパラとピゼッリと…じいちゃん :: 2020/05/22(Fri)

もう何年になるんだろうか、いつもお世話になっている農家がある。専門はラディッキオとアスパラで、共に現地呼称であるIGP認証をとった生産物だ。地域活性の為にも、品種保存のためにも、そして食文化継承のためにも、土地ならではの生産物を守っていくことは広範囲な意義を持つことだ。


今週、ようやく州内の移動は問題なくなり、早速アスパラの様子を見たい、と出かけていった。が、なんと、アスパラの収穫は終了したばかり。

3月の初旬〜中旬にかけての移動制限で動けなくなったのが、ラディッキオの終盤とアスパラの始まりの時期だった。だから私には、ちょうどアスパラのシーズンがまるごとぬけてしまった。


この日の早朝に、白アスパラの畑を日光避けのために覆う黒いにビニールシートを外したところだった。


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ちょうど土の山のようになっているところが、長いラインのようにシートが被されているところだ。


この時期の仕事は、寒い冬の終了後、2ヶ月ほどですっかり育ってしまった雑草を掘り起こして、畝となった盛り上がった土を平らにならすこと。


しばらくすると土中のアスパラの根からまたニョキニョキと茎が伸びてきて林のようになる。そのまま次のシーズンまで放置しておくのだ。


アスパラのシーズンをすっかりと飛び越してしまった。そんなことにびっくりしながら、改めてシーズンの短いアスパラの貴重さを感じた。


今年は、アスパラの季節がちょうどロックダウンの時期に重なり、レストランが全て閉鎖となった。多くの顧客が飲食店のため、本当に厳しい状況に立たされたシーズンだった。おまけに現場で働く人材不足もある。

自然の産物は、世間の状況などには関係なくその食べごろを迎えてしまう。


そして、春の農産物の旬は移行し、今はピゼッリ(グリンピース)の最盛期。もうしばらく先のものだと思っていたのに、今がちょうど今が採り時だ。


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畑から収穫しながらサヤを割って中身を食べる…新鮮な甘い美味しさ。


帰宅して持ち帰ったアスパラは、


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生で、


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茹でて、


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そしてグリルして、


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…とこの時期だけの美味しさを味わう。


やはり大量に持ち帰ったピゼッリは、サヤをはずして冷凍保存した。


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こんなふうに年間を通して貴重な農産物を扱う彼らは、家族経営農家とはいえ、常に従業員を最低でも10人ほどの力を必要とする、ここらへんの農家の中では中規模大くらいの経営規模を持つ。

とにかくいつも家族一丸で、ジョークを飛ばしつつ、激しい喧嘩をしながらも、力強く前進する。そんな彼らが大好きで、そして何よりも、私の抱く疑問や興味にかなりピンポイントで適切な答えを出してくれる、という頼もしい存在でもある。


冬季を中心に、日本への野菜の輸出も手掛けさせてもらっている。


家族はご夫婦と2人の息子さんを中心に動いているのだが、最近まで96歳のおじいちゃんがいた。私が知り合った頃は、まだかなり元気で半現役くらい。もう決定権こそはなかったものの、真冬でも唯一、素手で冷たい水場での仕事をしていた人物。牛や鶏の世話などはおじいちゃんが行っていたので、よく一緒に卵を拾いに行ったものだ。


そういえば、あの頃は敷地内を自転車で走り回っていたし、日曜には自転車で近所のバールを転々としていた…


訛りがすごくて、半分くらい何を言っているのかわからないのに、お構いなく喋り続ける。食卓では人一倍よく食べる元気なじいちゃんだった。


ここ一年ほどかなり弱ってしまい、自力では身動きができなくなってしまっていたが、今年に入り、2月の末に息を引き取った。


予測はしていたとはいえ、その訃報を受けて驚いたが、お葬式は私はどうしても行けない日程だった。ご葬儀の前にご家族に挨拶に行きたくて、時間を見つけて会いに行ったのが2月初旬。


病院に運ばれて介護をしていた看護婦さんが、彼の大きくて強い頑丈すぎるその手を触り「どれだけ働き通しの人生を送ったんでしょう…」と言ったんだそうだ。意識のない96歳の力とは思えない手の力。

野球のグローブみたいで、握力の強いすごい手の持ち主だった。


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今でももし健在であったら、こんな世間でも、変わらず笑いながら、何事もなかったかのように元気に仕事を続けていたんだろう…と思う。


今ごろは先だった奥さんと仲良く暮らしているんだろうか。







  1. quatidiano/日常徒然
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パドヴァの「ラ・スペーコラ(La Specola)」 :: 2020/05/17(Sun)

仕事で出かけることもこの2ヶ月はなくなり、買い物も最小限のみ、他、あらゆる外出の用事が極限してしまうと、気になるのが運動不足。

近頃の日課は朝の散歩で、もともと朝の目覚めが早いこともあり(歳のせいか…)早朝散歩をするようになった。


朝の街は人気も少なくて、車の往来も極端に少ない。もちろん、この非常事態のおかげで、ここ数ヶ月は今までにないほどの少ない交通量なのだが、移動制限が少しずつ解除されていくと同時に、目に見えて人の往来が日に日に多くなっている。

ということもあり、やはり早朝の散歩は気持ちのいいものだ。なんだか景色と時間を独り占めしているような気分になる。


今日の散歩は、久しぶりに見たくて来た先がここ。「ラ・スペーコラ(la specola)」。


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パドヴァの街のシンボルのなかでも非常に美しい景観のものの一つにあげられる。


中心となる高い塔は、現在のパドヴァの街のできあがる原型ともなる13世紀にこの街を統治していた、エッツェリーノ3世・ダ・ロマーノ(Ezzellino III da Romabno)により1242年に基礎が築かれたもの。いわゆる「カステッロ(城)」と呼称されるが、この時代の「城」と呼ばれるものは、いわゆる城塞的な意味に近い。


おまけに、非常に暴君であったといわれる君主は、ここを囚人の拷問室に利用していたとか。


14世紀に入り、この時代にパドヴァを治めたカッラーラ(Catrrara)により、より現在に近いものに。初建築当時は、この塔は単なる高い柱のような形だったらしいが、この時代に入り、外観も美しい施しがされるようになった。ちなみに、このカッラーラ家がパドヴァを治めた時代の街の形や建物が、ほぼ現在のパドヴァの街(旧市街地)の形だ。


18世紀には、ヴェネツィア共和国はこの建物を天体観測所として指定した。それも、パドヴァ大学付属機関として。


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数年前にコムーネが内部訪問を企画したので、参加してたことがある。内部、観測室は結構広くて


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(画像は padovanet.it より)


天体観測には2つの部屋が用いられ、光(日光、月光)が入る小さな窓が上方四方に、床は幾何学模様のような線が引かれた当時の様子が見ることができる。暑い夏も寒い冬もここで数人が交代で終日、日出・日没、そして星の動きなどの観測・記録が行われていた、という。


現在も、ここはパドヴァ大学の天文学部の付属施設である。


ちなみに、私も含めて多くの人が勘違いするのだが、パドヴァ大学で18年教壇に立ち、その期間に木星の衛星を発見した、とされるガリレオ・ガリレイは、この天体観測所を利用はしていない。ガリレオの時代には、まだ施設として使用されてはいない時代である。


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そして、この建物を美しい景観にするのは、その足下ともいえる付近を流れる川の流れだ。スペーコラを起点に、水の流れが二つに分かれている。


この川はバッキリオーネ川(bacchiglione)という。川の流れは経済活動に非常に密接な関連を持つため、中世の時代から、その流れをどのように手を加えるかで、周囲の自治体との争いのもとにもなっていた。


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(画像はwikipediaより)


現在の形は、ヴェネツィア共和国時代に整備されたもので、パドヴァの街の南側から入ってきた流れは、一方は、そのままヴェネツィア方面ラグーナを河口とするブレンタ河(Riviera del Brenta)に合流するために人為的につくられたピオーヴェゴ川(piovego)へと続く。


もう一方は、パドヴァの街をぐるりと回り、プラート・デッラ・ヴァッレの堀となり、植物園のオルト・ボタニコ、そしてサンタントニオ聖堂を通って街の外へと続く。


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パドヴァの街は、その周囲を水の流れに囲まれて成り立っている。私は、この水の流れ沿いの風景が大好きだ。パドヴァに住んで十数年たった今でも、何度も通っている川沿い、または街の数ある橋を渡る際にふと目に入る水辺の風景にはっとさせられる。


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水が醸し出す空気、気がとても好きだ。





  1. Padova/パドヴァ
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スプリッツでアペリティーヴォ :: 2020/05/10(Sun)

夕暮れ時のアペリティーヴォが恋しい…というか、いろいな心配をせずに人と会ったり移動したい…というのが本心かもしれない。

業種によっては営業再会、コムーネ内であれば外出の証明を提示する書類を持たずとも出歩け、州内であれば第6血族までとの再会(家に行ってご飯を食べたり)は許されるようになった今週。
土曜日の夕方、久しぶりにチェントロに出かけてみた。

普段の天気のよい土曜日の夕方は、街にはそぞろ歩きの人たちが通常から多い。決して外出解除後の初の土曜日だから、というわけではないと思う。
最近、一度に多くの人が集まるところを見ていなかったから、特に人が多いと感じているのだと思う。

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いつもと違うのは、皆がマスクをつけているところ。
こんな光景をここで目にするとは想像のつかなかったことだ。100%の人がマスクをつけて歩いているんだから(6歳以下と身体障害者等は着用義務なし)。
そういう私自身も今までマスク装着の習慣は全くなかったのだが。

とはいえ、今までこの数ヶ月続いていた、どことなく緊張感のある空気、ピーンと張り詰めたような薄いガラスの膜が張ったような空気が、軽く砕かれたような感覚がある。

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商店も営業許可のある店は開店しているけれど、半分以上はまだシャッターを閉じたまま。
今現在営業して良いのは、スーパー、食料品店、薬屋(ドラックストア的なものも含)、本屋、文具店、子供服、タバッキ、エディーコラ(新聞屋)、金物店、電気機器関連店、車両関連店、花屋、ジェラート店。バールやレストランはテイクアウェイのみOK。

大好きな市場や商店の立ち並ぶソット・イル・サローネ(ラジョーネ宮下)は、広場自体が自由に侵入ができなくなっていて、人の歩く方向も指定されている。

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久しぶりに美味しいフォルマッジョを買おう!と思っていたけど、またにしよう…と通り過ぎてきた。

Webマガジン「イタリア好き」に、ヴェネト発のスプリッツに関してを、日常の戻る日を願って投稿したので、読んでみてください。

ここから↓↓↓
ヴェネト発「スプリッツ」でアペロティーヴォ!




  1. quatidiano/日常徒然
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ぶどうの畑とぶどうの樹、そしてぶどうの実 :: 2020/05/03(Sun)

5月になった。

この時期のぶどうの畑は土からの、そして日光の光から彼らが生き延びていくために必要な栄養を摂取しながらぐんぐんと成長する過程にある。


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ちょうど今、2冊のワインに関する本を読んでいる。そのどちらもが土壌とぶどうの樹、そしてその果実、さらにはその先にできあがるワインに非常に関連があり、その相互作用に関して触れられているものだ。

ここ数日、畑を歩きながらも、そんなことを考えて頭のなかがぐるぐるしている。


ぶどうの樹は、土からの養分を水を介して摂取していくのだが、この水も与え過ぎてもいけなければ、少なくてもいけない。土壌の質によって水はけや保水(この両者は同じような意味だと思うけれど、私には少々異なって感じる)の具合が変わる。

例えば、根から吸い上げる水分に苦労をするかしないか、によっても樹の育ち方は異なる。ぶどうの樹のもともと持つDNAから、蔓を伸ばして葉をわさわさとつけて元気よく樹自体を成長させていくのか、それとも水の枯渇を感じて種の存続の危機(大げさな言い方だが)を感知して、ぶどう自体がその危機回避を優先するがために、果実をつけることにその持っている力を注いでいくのか…

さらには土壌の性質と、もともとのその土地の降雨量とのバランスもある。それがそもそもぶどう栽培に適するのかどうか…。


こんな言い方はものすごく極端なので、こんなに単純なことではないのだが、この例は灌漑を畑に施すのかどうか、というキーポイントにもなること。


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そして土壌の含む養分によってどんな育ち方をするのか、また、さらに重要なのは、その土壌に適する品種がうまく適合しているのかどうか。どの土壌にどんな品種を植えるべきか、という議論はほとんど信仰教義の域だ、という論もある。

ちなみに、イタリアには数え切れないほどの土着品種が存在する。世界のぶどう栽培(ワイン生産)のなかでは群をぬいてその品種が多い。ソムリエ試験の受講者泣かせ…でもある。


ぶどうと土壌、気候、風土、さらには栽培に関わる人の手(樹の形、土の手入れ、肥料や害虫被害に対する仕事等々)、いわゆるマン・パワー…様々な、ものすごく様々な要素が混ざり合って、実を結ぶためにその一年をかける。


独り言みたいでとりとめも結論もないが、考え・話し始めたらきりがない。


で、今日のぶどう畑を改めてみてみる。


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樹は青々と元気よく伸び、実となる部分はもう房が形成され始め、花をつける準備段階に入っている。


ちなみにこちらはピノ・グリジョ。比較的早めに成熟をしていく品種なので、実のつきも早い。


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そして、ここは海抜350mくらいにあたるプレポットという場所にある一部の畑。今日はものすごく天気がよくて見晴らし最高。空からはなんだか後光がさしているかのような神秘的なタイミングにちょうどあたった。


なんだか元気が出る。


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向こうに見える海岸線はトリエステの街。


…昨年、収穫がゼロだったオリーブは、今のところたくさんの花をつけそうな気配。この木は、地元品種のビアンケーラ。私の大好きな品種。個性がキリッとして、芯のしっかりしたブレのない人格者みたいな品種。

ヒョウなど降らず、雨続きなどのない天候がこの先続くか、がカギ。


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  1. quatidiano/日常徒然
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pioggia …あめ… :: 2020/04/29(Wed)

久しぶりに雨が降った。どのくらいぶりなんだろう…


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なんだかんだともう50日目くらいなのか。制限生活が始まってから初めての雨じゃないか、と思う。(他地域は別)


乾燥しっぱなしだった空気はほんのりと湿って、花粉症にはいいかも。そういえば、ここ数年、とうとう私も花粉症が始まったか…と思っていたけれど、今年は季節にどこにも出かけていないので、その症状もないようだ。

感染も乾燥した空気のほうが飛沫が飛び散りやすいというから、この湿り気は少しはいい影響もあるのだろうか…


晴天続きで知り合いのワイナリーなどからは、もう蕾をつけはじめているぶどうの実が10㎝くらいに成長している画像やら動画が送られてくる。なんだか季節を自分だけ飛び越えてしまった感。もちろん自分だけではないのだけれど。


この数日は天気予報では雨が続いているが、パドヴァではヒョウにもなっているので、ぶどうや他果実のツボミに影響が出ませんように…


現在旬を迎えているアスパラ農家。


今年は飲食店の消費がぐんと減ってしまったので、売り先を失ったアスパラの量が過剰化傾向にあり、価格が低落しているとか。


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問題は価格だけではない。


アスパラに関しては、名産地を各地にもつヴェネト州内でも、土地によってその収穫期が異なり、パドヴァの南側の広い平原地から大収穫がスタートする。この地域は、アバノテルメを有する古代ローマからの温泉源もあることから(源泉からは現在でも80℃のお湯が湧き続けている、と以前に取材したことがある)、土が温かいこともあり、農産物に関してはヴェネトの北側とも規模も時期も異なったものとなる。


2月終盤〜3月初旬に、この辺りがイタリア国内で一番最初の感染者の出た場所であったこともあり、同地の大型農作形式をとるアスパラ収穫に非常に弊害が出た。というのも、今やイタリアの農作業現場の人出は外国人労働者にたよっているため、それらの人々が季節労働に来なくなったため。産物は収穫準備ができているのに、マンパワーが不足する、という事態だ。


これは、イタリア随一のイチゴの産地であるバジリカータでも、シーズンの短いイチゴの収穫に同様の問題を抱えている、というニュースも目にした。


小さな果実でシーズンが短く、そしてデリケートな扱いを必要とするブルーベリーやラズベリー農家などでも。。。ヴェネト北部及びアルトアディジェなどがその産地となる。


自然は季節を待ってくれないから、世間の状況とは無関係。


…とはいえ、知り合い同士ではこんな話をしつつも、元気な声を確かめあい「しばらくは辛抱!」と会話を終える。その明るい声になんとも助けられる。


少しずつ移動制限や生産活動及び開業の制限が解けつつある。制限が緩和して人々が動きだし、生産や購買が活発化して、もとに近い状態に戻るまで、それが辛抱と思う。

辛抱の期間は今回はちょっと長いだろうと思われているし、実際にも手にとるようにして感じる。耐える力がどこまであるのか…これからが踏ん張りどころかな、と思う。

もちろん自分も含めて。


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インゲン豆のミネストラとパスタ「パスタ・エ・ファジョーリ (Pasta e fagioli)」 :: 2020/04/25(Sat)

家の外での業務がなくなって1ヶ月以上が過ぎた。引き篭もり生活にも、リズムもできてなんだか慣れてきてしまっているような感じ。家のなかは常にピカピカだし、3食健康的にそれも美味しくいただいているし…と複雑な心境ながらも静かな生活を送らせてもらっている。

イタリア国内の移動制限などの厳しい政令が出たばかりの頃には、テレビのニュース、ネット上でのニュースを見て回り、ソーシャルネットワークやらなんやらでいろいろと飛び交う情報等…と相当の情報を追いかけていた。
おまけに、あちこりでいろんな素人評論家が出てきたりで、同情票が飛びうのを見ているうちに、何だか疲れてきてしまって、特にソーシャルネットワークの代表facebookは、個人的にどんどん遠くなものに。

それでも、いつもの悪い癖でなんとなく開いてしまうfacebook。そんななか、斜め見していた投稿に料理リレーというのがあって、ある料理専門の先生のタスキから始まって、料理に関連した人たちが次々と自分のレシピを公開し、そのタスキというか、バトンを次なる人に渡される。あれよあれよと現在5000人(=レシピ)が参加されたらしい。

で、私に回ってきたら嫌だなー、面倒くさいなーと密かに思っていたら、最近知人からそのバトンを手渡してもよいか、との連絡が入った。
うーん…とはいえ、実際に自分にその順番が来るとなると、いい加減なものも公表できないし…と考えているうちに、紹介したいものはいくつもあるなー、せっかく今まで慣れ親しんできたメニューをお披露目するいい機会だなー、と思い始めて、それまで面倒くさい(いつもの私の悪い怠け癖だ)と思っていた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。
いけない、いけない…

で、最終的に決めたメニューは、この、ヴェネト料理の真髄、郷土料理の代表料理、ヴェネトのマンマの味、そして我が家の定番メニューである「パスタ・エ・ファジョーリ」。

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メニュー名は単純。「パスタとファジョーリ(インゲン豆)」と訳されるものだ。

今までにも何人ものマンマに習ってきたし、お店や様々なシーンで口にしてきたこの皿。作り置きできることもあり、私もよく家で作るメニューなので、自分流に簡単に、ヘルシーな仕上がりにするようにしたもの。
豆と野菜のみのベジタリアンレシピなので、なんだか安心して食べることができるので、決してカッコいいメニューではないのだが、せっかくなので、ここでも!

そして、このFBの投稿を見て、「義理母がよく作ってくれてたので作ってみる!」とヴェネトに嫁いできた日本人の数人の知人がメッセージをくれた。なんだかメニューと一緒、ほっこりとした気持ちになった。

時間があるので、パスタは自分で生地をこねて長い麺棒で伸ばして適当な大きさに切り分けたマル・タリアータにしてみた。


【パスタ エ ファジョーリ (インゲン豆のミネストラとパスタ)】
◇材料

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インゲン豆 250g(乾燥)または500g(茹で)
 ※ボルレッティ種または他種の豆(白インゲン豆やヒヨコ豆などでも)
人参 1本
セロリ 1本
玉ねぎ 1個
じゃがいも 小2個
ローズマリー 1枝分
トマトピューレ(または水煮トマト) スプーン1-2杯分
水 約1300-1500ml(トータルで)
塩、胡椒
EXヴァージンオイル
おろしたグラーナ(お好みで)
パスタ
※パスタはミネストラ用の小さなパスタ、乾燥のタリアテッレを細かく砕いたもの、スパゲティを手で1-2cm長さにポキポキ折ったもの等で。または米(日本米でないほうがよい)やオルゾ (大麦) 、ファッロ (スペルト小麦) などでもとっても美味いです。

◇作り方
1)インゲン豆は一晩水に浸けて戻しておく。
2)鍋に戻した豆、人参、セロリ、玉ねぎ、じゃがいも、水を合わせ強火にかける。

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3)沸騰し、上澄みのアクをすくいとり、トマトピューレと細かく刻んだローズマリーを加え、弱火にして豆が柔らかくなるまで煮る。1時間弱で十分に柔らかくなる。

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4)一部の豆を別容器に一旦取り出し、鍋に残る他の具材は一緒にミキサーにかける。

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5)豆を戻し、できあがったミネストラは塩、胡椒で味を整える。濃度は好みに合わせて水を加えて調節する。
6)パスタを茹で、5)に合わせたもの器に盛る。
※パスタは直接鍋に入れて調理してもよい(鍋一つで済むし)ですが、底にあたりやすいので、私は別茹でにしたものを合わせてます。
7)いただく際には、美味しいお気に入りのEXヴァージンオイルを一すじかけ、黒胡椒、おろしたグラーナなど好みでかけていただいただく。
※一晩おいて翌日はもっと美味しい。温めても、夏場はパスタを入れずに冷たいズッパ(スープ)としても美味しくいただけます。

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Buon appetito!




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